📚ハドリアヌス帝の回想16ー 黄金時代

ニコメディアで出会ったギリシア人の美青年アンティノウスに皇帝は心を奪われました。文学的な集いの夕べで出会ってから、まもなく親しい仲となり、その後あらゆる旅行を共にすることとなります。ハドリアヌス帝はアンティノウスに心酔し、満ち足りた情熱のうちに幸福で輝く数年間を送りました。後にはこの頃を回顧して、黄金時代を見出す心地だと吐露します。

平凡な始まり方をしたこの情事はわたしの人生を豊かにし、また単純にもした ー つまり未来があまり問題ではなくなったので、わたしは神託に伺いを立てるのをやめ、星辰ももはや天蓋のすばらしい絵図以上のものではなくなった。水平線上の島々の青白い曙光や、水の精に捧げられ、渡り鳥の出入りする洞窟の涼しさや、黄昏どきの鶉の重たげな飛び方などを、わたしはいまだかつてこれほどのよろこびをもって心に留めたことはなかった。さまざまな詩人を読み返してみたが、あるものは前よりもすぐれて見え、大部分は前よりも劣って見えた。そして自分でもいつもよりはややましと思われる詩を書いた。

Cette aventure banalement commencée enrichissait, mais aussi simplifiait ma vie; l'avenir comptait peu; je cessai de poser des questions aux oracles,; les étoiles ne furent plus que d'admirables dessins sur la voûte du ciel.  Je n'avais jamais remarqué avec autant de délices la pâleur de l'aube sur l'horizon des îles, la fraîcheur des grottes consacrées aux Nymphes et hantées d'oiseaux de passage, le vol lourd des cailles au crépuscule. Je relus des poètes: quelques-uns me parurent meilleurs qu'autrefois, la plupart, pires. J'écrivis des vers qui semblaient moins insuffisants que d'habitude.

Marguerite Yourcenar, Mémoires d’Hadrien(『ハドリアヌス帝の回想』 多田智満子訳) 

 あくまでも物語のなかで書かれていることですが、ローマ皇帝たる人物でも、こんな少女のような純真な気持ちになることがあったのかもしれない、と思うと、とても人間味を感じて思わず引き込まれていきます。またフランス語、日本語とも、皇帝の至福感を表現する一つ一つの言葉と文章がとても美しいので、それにつられて引用が長くなりました。この出会いの頃を叙述する部分は引用部分の前後とも幸せに満ちていて読んでいてうっとりする気分でした。